ブルーカラーワーカーの人手不足が深刻化し、現場DXにより一層のニーズが高まる一方で、アメリカを中心に現場労働者の価値高騰が世界的な話題となっています。台頭するAIによるホワイトカラー中間業務のリプレイスなどもあり、ノンデスクワークのあり方が急速に変化する今後、日本企業にはどのような変化が求められるのでしょうか。
今回は、アルダグラムCOOの渥美翔吾が経営学者の入山章栄氏を招き、AI台頭によるビジネスの構造変化の実態と、日本における現場DXの現状と可能性、さらにグローバル市場への考察から見えてくる、AI時代におけるノンデスクワークのあり方をディスカッションします。
知的ブルーカラーとは? 日本の現場DXの重要性と可能性
――2025年に、現場仕事における働き手需要の増加によってブルーカラー労働者が高収入を得る「ブルーカラービリオネア」がアメリカで話題になりました。ノンデスクワークの価値、あり様の変化が世界的に起こっていますが、こうした変化を入山さんはどのように捉えていますか?

入山章栄/ 早稲田大学ビジネススクール 教授 経営学者
早稲田大学大学院経営管理研究科教授。慶應義塾大学卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事後、2008年米ピッツバーグ大学経営大学院にて博士号取得。2013年より早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より現職。
入山章栄氏(以下、入山氏):まず前提として、AIの台頭によるホワイトカラー職の消滅という大きな流れがあります。2024年に経営コンサルタントの冨山和彦さんが『ホワイトカラー消滅』という著作で提唱された「知的スマイルカーブ」の理論に私はとても共感していて。よく講演でも引用しているのですが、ホワイトカラー職を中心とする企業で今後求められる大規模な人材シフトの話です。
従来のホワイトカラー定型業務がAIにリプレイスされていく中で、今後価値が高まっていくのは、「正解のない問い」に対して意思決定する経営層やリーダー層と、身体的なノウハウや暗黙知が価値を発揮する現場の人材だといわれています。つまり、ホワイトカラーにおける上流と下流の価値が高まり、中間的な管理業務層が消滅していく。冨山氏はこの両端を“知的”と位置づけ、知的スマイルカーブと評しているわけですね。
こうした流れが、雇用の流動性が高いアメリカでまず顕著に現れたことで「ブルーカラービリオネア」が起きた。ですがすでに、欧州や東南アジアでもその傾向が現れてきていますし、日本でも外食産業の店長職の年収が1千万円以上になってきています。世界的にも日本においても、これからは完全にブルーカラーの時代です。

渥美翔吾/株式会社アルダグラム 共同創業者 COO
早稲田大学卒業後、株式会社LIFULLへ入社。株式会社LIFULLが運営する日本最大級の不動産ポータルサイト「LIFULLHOME’S」の事業戦略・プロダクトマネジメント責任者として多数のプロジェクトのマネジメントを経験。2019年5月に株式会社アルダグラムを創業。
渥美翔吾(以下、渥美):弊社は「ノンデスクワーク企業を顧客とするホワイトカラー企業」ですが、スマイルカーブ化の波をまさに実感しています。
エンジニアは全員Claude Codeを導入していて、従来の実装業務の9割がAI化されていますし、それ以外の職種も全社員がClaudeを使うようになり、エンジニア以外の業務もだいぶ自動化できる手応えを感じていて。AIによる業務のリプレイスのスピードは一気に上がっていると感じますね。
入山氏:エンジニアに次ぐカテゴリーとしては、法務、経理のリプレイスがいますごく盛り上がってきていますね。ちなみに開発の現場では、ベテランエンジニアなどがAIを敬遠してしまって導入が進まないという話も多いですが、そういうことはなかったですか?
渥美:弊社ではなかったですが、ただAIが実装業務をこれまでの何十倍、何百倍のスピードで仕上げてしまうので、その前後の要件定義やデバックといった人間の作業がボトルネックになってしまっていて、そこをどう改善していくかがテーマになっています。
また、生産性が上がる一方で、顧客の課題発見など現場業務の付加価値が上がっているのも感じますね。現場に足を運ぶことで得られる情報は、当然AIが持っていない情報になりますし。

入山氏:要件定義と現場業務、まさに上流と下流ですね。私は“知的ブルーカラー”と呼んでいますが、AIが置き換われない重要な職域として「感情労働」があって、今後付加価値が上がるのがそういった人の感情に訴求する現場力の高い人材です。
わかりやすい例でいうと、お客さんを満足させて楽しませるほど高い接客力のある店員さんであったり、技術だけでなく思想や哲学があって、それをしっかり言語化してプレゼンできる職人さん、部下のモチベーションや体調を管理して現場の士気を上げられる現場監督さん、最終的に条件よりも人柄が決めてとなって判断されたりするBtoBの営業の方などです。もちろん、他にもたくさんあります。
でも重要なのは、そういった感情労働に秀でた人材が価値を発揮できる企業というのは、DXが高度に進んでいたりもするわけですね。最近店長職を年収2千万円で求人して注目を集めた某うどんチェーンでは、現場で麺を打ってこそ提供できるおいしさと、お客さんを楽しませるエンタメ性を重要事項と位置付けて、そのための工程を徹底的に効率化・自動化しています。現場が輝くためには、AI化やDXが避けて通れないポイントになっていると思います。

渥美:たしかに、それは弊社の顧客の現場でも非常によく感じますね。デジカメで撮った写真をSDカード経由でデスクトップPCのローカルに保存していたり、現場に大量の紙を持って行って手書きで記録して、その紙をオフィスに持ち帰ってExcel に打ち直したりFAXで送信したりする企業はいまでも本当に多いですし、上場企業でもそういった実情であることは珍しくありません。
そこに人手不足が輪をかけている状況で、いかに業務効率を上げるかというのが目下の課題になっています。最近でも、中野サンプラザや五反田TOCビルでの再開発延期がニュースになりましたが、資材高騰の問題もあれば、単純に人手不足で受けられないという話もよく聞きますね。
入山氏:建設現場の人手不足は本当に深刻ですよね。私が経営に携わっている建設系の企業でもよく現場の話を聞きますが、最近ではこれまで非常に貢献されてきた外国人労働者も集まらないようです、日本が暑すぎて。

入山氏:加えて、日本は建設業界をはじめ物流業界なども本当にDXが難航しています。日本の古い仕組みには素晴らしさもあるのだけど、逆にそれが足かせになって最先端のデジタル技術が社会に浸透しない要因にもなっています。
現場の手作業は“地上戦”、DXなどデジタル化はいわゆる“空中戦”といわれたりしますが、空中戦に滅法強いアメリカなどだけでなく、例えばアフリカではすでにGPSでピンポイントに物資を届ける仕組みができていたりもします。これは一足飛びに技術進化・社会実装が起こることで後進国が短期間で先進国に追いつく、あるいは追い越す「リープフロッギング現象」と呼ばれていて、日本はすでに相当遅れをとってしまっている。
まじめで責任感が強く、高い問題解決能力を有する日本の現場力は世界的に見てもとても高いです。もちろん技術力も高く、先日もタイで起きた地震で中国企業の建設したビルやマンションが倒壊してしまい、改めて日本の耐震技術の優秀さが注目されていたりもします。でも空中戦が苦手ですよね。日本の企業の99%以上はアナログな中小企業で、そこの改革が一番重要になってきます。

渥美:我々はタイに進出していますが、スマホが日本よりも急速に普及した東南アジアではQRコード決済が非常に普及していて、そこら中にQRコードが溢れています。ビジネスのマーケティングでもSNS広告がとても強く、マーケットの性質にはかなり違いがありますね。
そうした国外の先進インフラやデジタルビジネスに日常的に触れていると、現場DXが進んでいない日本のDXニーズはまだまだ高く、高い現場力のポテンシャルを最大化する余地がいまだ多く残されていることも実感します。
グローバルビジネスから考える。AI時代に選ばれるノンデスクワーク・ツール
入山氏:ちなみに、タイへの進出も容易ではないことかと思いますが、どんなことを工夫されたのでしょうか? 社会構造や文化の異なるグローバル市場では価値の訴求ポイントも変わってくるし、これからの時代はデジタルとリアル、AIとリアルの融合が大事になってくるので、いかにその国のリアルを知って、自分たちのプロダクトを融合させられるかがポイントになるかと思うのですが。
渥美:アプローチを開始した2022年当時、まずLinkedInで全世界の企業に片っ端からコンタクトを取りました。そこでとにかく数を打って、Zoom を活用してオンラインで商談を進めていく中で、東南アジアからの感触が良いことに気づいたのです。その背景を探ってみると、どうやら、業務効率化ではなく“業務監視”のニーズがとりわけ経営層に非常に高いことがわかってきました。
人手不足の日本と違って、東南アジアでは若者が多く、人は余っています。ですが、日本にくらべて管理者の現場への信用度にかなり差があるのです。

入山氏:フィリピンに住んでいたことがあるのですごくわかります。ファストフードのハンバーガーショップでも、平気で30分待ったりしますからね。普段犬と一緒に道端でボードゲームをして過ごしているような人たちがとにかくたくさんいて、彼らに日本の現場のように働いてもらう難しさは、なかなか現地にいないとわからないかもしれません。
渥美:そうなんです。すると経営層の意識として、現場への信頼感は日本とは真逆になりますよね。そこで、現場の彼らにもしっかりと働いてもらうために、施主から受注して業務を完了するまで段階ごとに都度報告を入れるように設計し、プロジェクトを予定通り完遂できるように、「進行管理できる業務監視ソフトウェア」として、売り方を変えたことで刺さったのです。
加えて、タイの現場ではタイ語を使われることが多かったため、タイ語版をリリースできれば英語圏の競合に対して優位性を得られるという見立てがあり、他社が対応していないタイ語版をつくれたのも大きかったです。実際にそこに魅力を感じてもらえて導入になった案件は多かったですね。
入山氏:なるほど。リアルを知ってから訴求ポイントを調整して、なおかつ迅速にカスタマイズできたことが突破口だったわけですね。こうしたカスタマイズから本流のサービス向上につながる、いわゆるリバースイノベーションが生まれることもあり、試行錯誤はやはり重要ですね。

渥美:仰る通りで、もうひとつの現地対応として、KANNAをオフラインで動かせるようにした点があります。というのも、デジタルツールを外で使う場合、何より大事なのはネットワークなのですが、あらゆるエリアに4G・5Gの回線が張り巡らされている日本と違い、東南アジアは電波のないところも多くありますよね。そこで電波がなくても通常入力は行えるようにして、ネットワークにつながったら自動的かつ安定的にデータが同期されるように修正しました。このオフラインでも安定的に動かせるというのは、時に電波の届かない日本の現場仕事でも有意義に活用してもらえる機能かと思います。
入山氏:なるほど。東南アジアの辺鄙なところへ行っても、あるいは日本でも地下など、常時接続じゃない環境でもアプリが動かせるわけですね。まさに現地で得た気づきからのリバースイノベーションですね。
――入山さんはグローバル進出に成功する企業やそこで知見を得る企業を数多く見てこられたかと思いますが、グローバルで日本企業が成功するためのポイントはどこだと思われますか?

入山氏:ひとことで言ってしまえば、営業力ということになってきます。でもその中身が重要で、主に3つの要素があるといえます。まず何より、プロダクトの強さです。しかし先に述べたように、これからの時代はデジタルとリアルの融合がポイントになってくる。ただ良いプロダクトを持っていっても売れません。
そこで求められるのが、アルダグラムさんのように、訴求ポイントを調整できるかどうか。古い例ですが、ホンダがバイクをアメリカで売ろうとした当初、自信のあった中型モデルが思ったより売れなかった。荒れたオフロードの多いアメリカでは、日本のバイクは性能は高いものの頑丈さはウリではなく、不利だったのです。でもふと街を見ると、配達用の小型バイクも走っている。そこでスーパーカブを売り込んだら大ヒットになったのです。ただこの例は、見方を変えると、「リージョナルスペシフィックアドバンテージ」という、プロダクトの強みがフィットする国としない国をリサーチ・峻別することの重要性をも示唆しています。総じて、プロダクトのポテンシャルの活路に気づけるための試行錯誤が重要ということですね。
加えて、ロビイングも非常に大事になってきます。法律や慣例のみならず、経済の成り立ちも国によって異なるわけで、ただ現地のルールに適応するだけでは不十分な場合も多々あります。例えば、世界各国で広く普及している配車サービスのUberですが、日本での普及が遅れている理由のひとつに、日本のタクシー連合会との協調がうまくなかった、といったエピソードも知る人ぞ知る話です。
KANNAも業務全体に関わるプロダクトですし、その国でのロビイングにも障壁がありそうですが、その点はいかがでしたか?

渥美:KANNAの立ち位置として、いわゆるコラボレーション系のソフトウェアで、例えば会計や労務など現地の法律が組まれたソフトウェアと違い、コラボレーションに特化しています。すると法律や規制にあまり関係してこないので、ロビイングのタスクも少なくなってきますし、そうすることでタイだけでなく他の東南アジア諸国などにも横展開しやすいように、2019年の起業当初からコラボレーションに特化する方向性で戦略を練っていました。
入山氏:なるほど。コラボレーション特化だと、国だけでなく業界の垣根をも超えてさまざまな企業に汎用可能性がありそうですね。私は感情労働がフィーチャーされるこれからのAI時代に盛り上がる業界のひとつとして、エンタメ業界にも注目しているのですが、例えばフェスやイベントがこれから増えていきそうだという中で、KANNAがそういったイベントのDXに貢献するといった可能性もすごくイメージできるのですよね。
渥美:実はすでに、コンサートやライブ会場で活用されているケースもあります。また、顧客には電力系の企業なども多く、業界を問わずさまざまな企業と関われているメリットを活かして、DXの知見などを共有するコミュニティ醸成にもこれから取り組んでいけたらと考えているところです。
入山氏:とても良いですね。ノンデスクワークの異業種コミュニティを醸成できれば、日本の現場DXをより一層推進できるだけでなく、知的ブルーワーカーにスポットを当てたイベントやフェスの開催などにも展開できそうです。伝説の現場をまわしたあの職人が登壇!といった切り口などができるとすごく盛り上がりそうですよね。

これからは本当に知的ブルーカラーの時代で、DXやAIでの徹底的な効率化と人間がリアルで行う業務価値の掛け合わせから、新たなビジネスや可能性がたくさん生まれてきます。そうしたこれからの時代に合う形で、業界や国境も超えて汎用性の高いインフラサービスをつくられようとしているアルダグラムさんにすごく期待しています。
渥美:ありがとうございます。直近ではAIを活用した音声入力機能をリリースしており、今後はさらにOCR機能なども実装して、画像や話し言葉から直接情報を読み取れるようにしていく予定です。入力の負荷を徹底的に下げた上で、現場に眠っている「暗黙知」をどんどんデータ化・アセット化し、AIが解析しやすい環境を整えていきます。そうすることで、AIエージェント時代に欠かせない現場プラットフォームへと進化させていきたいと考えています。KANNAフェスもぜひ実現させて、ノンデスクワーク業界を盛り上げていきたいです。本日はどうもありがとうございました。

取材・編集構成/楢原隼人
撮影/小堀将生

KANNA現場ノート編集部
現場の効率化から経営改善まで、建設業界のDX化をワンプラットフォームで実現・サポートするKANNA(カンナ)です。現場管理、経営、法令対応など、建設業界にまつわる様々なお役立ち情報を提供します。


